Writer:メグ☆ママさん(公開日:2001年3月)

「あら、いい歌だわ~」土曜の夜、母が言った。フジTVで放送していた『夢で逢えたら』の中のコーナー、『バッハスタジオ』にブームが出演していた日の事である。ミヤ(Vo.)が歌っていたのは大名曲の『星のラブレター』。切ないけれど暖かいハーモニカで始まる、ちょっとだけスカっぽいバラード。タテノリバンド代表!という感じだったブームが、私達に初めて届けてくれたマスターピースだった。  「この裏声になるトコがいいわねぇ~」そうだね、でもそれだけじゃないのよ。この歌、わかりやすいでしょ?でもカンタンな歌じゃないでしょ?シンプルな言葉とメロディなんだけど、マネっこなんてできないんだよ。私達バンドっ子はこの歌で「わかりやすい事とカンタンな事の違い」を、ココロに刻んだのさ。

「コレ、ホントかなぁ?」お弁当の時、マサミちゃんが言った。手にしたファンクラブの会報にはブームの夏のツアースケジュール。ん?「ココ。ツアー初日の場所なんだけど」…ホコ天って書いてあるよ?「ね?ホントだったらすっごい嬉しいけど…」ココで私達バンドっ子は考えた。私達はバンドブームの中で一足先にデビューを決めていた、メジャーバンドのブ-ムしか知らない。いつもホコ天のどの場所で、どんな風に現れて演奏してたのか。どこを場所取りすればミヤと目が合うのか…全然知らなかったのだ。でも…まさかね。ホコ天でブームが演奏するなんてね。

業式の次の日。それがツアー初日だった。メインから離れた坂道の芝生の上で、私達はその日を迎えた。そんな気配は無かったのに、バンドっ子が集まって来ていた。見渡すと、少し年上のお姉さんやお兄さんまでもが集まっている。しかも口々に「久しぶり~元気だった?」なんて会話をしている!ダッシュで芝生から転がり落ちて、道路の真ん中に着地した。いつも見かける女のコが握りしめてるチラシには、『ブーム、帰省します』の文字が輝いていた。ココロの中でキャーと叫んでいた。空は澄み切った青空で、ノドはカラカラ。汗もダラダラかいてたから、マサミちゃんは化粧がボロボロ。だけどどうでもよかった。そんな事より大事なのは、1曲目は何を歌うのかって事だった。

「ただいま~」マイクを通していない声でミヤが言った。真っ黒なフィルムが貼られた車から、みんなが降りて来た。そして「ただいま」と言っていたけど、「おかえり」という声はあがらなかった。言えなかったよ、私は。だって信じられない!だけど本当に、いつも見上げてたミヤが同じ目線で歌い出す!1曲目は『都市バス』。ピョンピョンとお団子アタマが飛び上がる。ドスドスとラバーソウルが道路を踏み付ける。お約束の振り付けはみんなしてたけど、一緒に歌う人はいなかった。いつもと違って音が悪かったから、一緒に歌うと声が聞こえなくなるからね。歌い終わったミヤは何かを話そうとしたけど、みんなの顔をグルリと見ただけでやめてしまった。2曲目は『Super Strong Girl』。ンチャッンチャッンチャッンチャ…というあのギターのリズムが、ホコ天の遠くの方に溶けていった。

しくて泣いてるコがいる。たぶんお友達なんだろう、懐かしそうに目を細めてタバコを吸う人がいる。とにかくシャッターを切り続けるコがいる。一生懸命振り付けを踊るコがいる。みんなブームが好きなんだなぁって事だけが、ジワっと私の胸に広がった。それはどんどん広がって、どうしようもない感動を叩き付けていた。もう何度も聴いていた歌が、全く違う歌に聞こえる。今まで何とも思わなかった言葉が、自分のためにある様に感じる。すっごい感動の波に襲われてたら、3曲目が始まっていた。

「みんな歌ってよ、つまんないよ」というミヤの言葉。流れてきたのは『おりこうさん』のイントロ!大合唱!ミヤの声なんて聞こえない!でも楽しい!いい歌だなぁ~コレ。バンドっ子のココロに爪痕を残している、数少ない1曲だろうな。ジ-パンを破りながら口ずさんだよ…結局穿かなかったけど。

「最後の曲です…星のラブレター」みんな嬉しそうに笑ってる。もう終りかぁという雰囲気は、不思議と無かった。たった4曲だったブームの帰省は、そういったモノを一切残さなかった。残っていたのは余韻だけ。キスした後、何度も唇をかんでしまうのに似ていた。気づくと頭の中はブームでいっぱい。この表面張力がパチンと壊れて溢れてしまわない様に、私達はちんたらと寄り道をくり返していた。

何件目で実感したのか覚えていないけど、とにかくお腹はガブガブだった。これからが夏休みなのに、もう夏一番の思い出を作ってしまった私は帰りの電車の中で思った。ココロに刻んだこの気持ちは、いつかカサブタになって取れてしまうだろう。だけど「それだけじゃなかったよ」と思えるような、マスターピースを手に入れたんだと。

10年経って聴き直してみてもやっぱり変わらない。私のカサブタが疼いてしょうがなかったよ。


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